2020年7月28日火曜日

【実測シリーズ】Surfgauge 試作室_せん断ひずみによる、動的粘弾性の測定


以前、
【実測シリーズ】コロナ自粛期間中 速報的 液膜粘弾性の測定
では、液膜の動的粘弾性の測定の実施例について、投稿をいたしました。

掲載しているデータは、マランゴニ効果、ギブス弾性力による、現象面視点の説明
からは、理にかなっているのでは、と、まとめました。

しかし、液膜を直接、延伸・収縮させる動作から、動的粘弾性の測定原理を利用し、
動的粘弾性パラメータを得て、解析、という実例が見つからないため、このデータの
妥当性が、よくわからないところはあります。

動的粘弾性の測定原理ついては、
粘弾性について6)_動的粘弾性の測定原理
をご参照ください。

このページでも解説している通り、応力とひずみ、両正弦波の振幅の比と、位相の差
が得られれば、動的粘弾性の測定、解析は可能です。

あるデータ範囲において、二つの波形それぞれの振幅値を検出し、その比をとって
複素弾性率を解析することは、システムとして、さほど難しいことではありません。

問題は、位相差の正しい測定と、その検証ではないかと思います。

動的粘弾性測定器は、主に、荷重(力)、位置の二つのセンシングデータを取得し、
後は、ほぼすべて、計算のみで成立しています。

システムは、入力されたセンシングデータを順番に処理しますので、ビット化された
二つの波形データは、交互に(必ずしも、一周期ごと、という意味ではありません)、
波形解析のために、蓄えられていくということになります。

あくまでも、二つのデータを交互に入力されることになりますので、二つのセンサ
固有の動作周期による遅延、A/Dコンバートの時間など、時間差を生む要因を、
物性以外で、システムに起因したものをいくつか思いつきます。

装置の動作は、メカニカルですし、例えば、データ入力のサンプリング周期を把握
することも可能ですので、数理的に補正することは可能です。

このように、「問題ないであろう」、というところまで持っていくことは可能と考え
ますが、
レオロジー的には、完全粘性体、完全弾性体というのはない、というように、例えば、
位相差が0° 、または、位相差が90° であることが担保されている、標準物というもの
が存在しませんので、実地的に検証することが基本的にはできません。

また、この実地的な検証は、動的粘弾性の動作周波数を変化させ、確認したいところ
ですが、
例えば、ある程度、厳密性を許容し、ニュートン流体とされる物体(位相差 ≒ 90°)
を用い、検証したとしても、高周波数域、つまり短緩和時間領域で、ニュートン流体
である物体は、えてして、低粘度です。

動的粘弾性測定機器にとって、低粘度(正確には、低貯蔵弾性率)の物体を、高周波で
測定することは、条件として苦手な方向です。
ここでまた不確定要素、または、その苦手要素を数理的に解消するために、補正する
などの必要性が出てくるため、気色悪い感じになってきます。

以上は、単なる開発上の苦労話として、厳密な話をしていますが、実際には、この
ようなことをさしおいても、動的粘弾性測定器は、非常に有用で、興味深いデータを
与えてくれますので、ある程度、「このようなものだと」気楽に使うのが、良いように
思えます。


ようやく、本題に戻りたいと思います。

【実測シリーズ】コロナ自粛期間中 速報的 液膜粘弾性の測定
では、液膜の動的粘弾性の測定の実施例を紹介しましたが、現象的な観点では、妥当
に思えましたが、前例が見当たらないことや、システムの信頼性を検証していません
でしたので、測定結果の妥当性がよくわかりませんでした。

今回、同じシステムを用い、せん断ひずみによる動的粘弾性測定に応用しました。

ここで、粘度値が既知で、ニュートン流体とされている、シリコーンオイルを用い、
・位相差が90° 付近で検出されるのか
・複素粘度(動的粘弾性測定から得られる粘度値)が、基準値に対し妥当か
について検証を行ってみました。

まず、せん断ひずみについては、こちらをご参照ください。
粘弾性について7)_伸長粘度はなぜ3倍? ~その1~_せん断ひずみと伸長ひずみ
一般的な、粘度計、動的粘弾性測定器で採用されている、ひずみ形態です。

せん断ひずみとは、以下のような立方体要素を、互い違いにずらした時の変形です。


粘度測定では、どこまでもずらし続けていくという格好になりますが、動的粘弾性の
測定では、下図のように、


立方体形状の状態を原点とし、正に、負に、対照的に振動させ、絶対値として、
ひずみ量、応力を得ます。
なお、動的粘弾性では、
・振動周波数を固定し、振幅の大きさを変化(通常は、小から大へ)
・振幅の大きさを固定し、振動周波数を変化
させて、それぞれの応答特性を得て、解析するなどします。


以下に、振幅の大きさ(ひずみ量)を変化させたときの結果を、示します。


3種のシリコーンオイル、以下の粘度値のものを使用しました。

  青:5 Pa・s
  赤:1 Pa・s
  緑:0.3 Pa・s

低ひずみ量域では、グラフが平坦でないことがわかりますが、変位、荷重(力)が、
微小、微弱なため、装置のセンシング能力に原因があるものと思います。
この辺は、まだブラッシュアップの余地があるように思います。

ひずみ量が、ある程度大きくなり、データが安定している領域では、位相差は、
概ね90° 付近で平坦性を示しているかと思います。


次に、ひずみ量を固定し、周波数のみを変化させて、測定した結果を示します。


ここでも、3種のシリコーンオイル、以下の粘度値のものを使用しました。

  青:5 Pa・s
  赤:1 Pa・s
  緑:0.3 Pa・s

ここで縦軸は、複素粘度で、動的粘弾性の測定から得られる、粘度値です。
複素粘度は、緩和領域では、いわゆる通常の回転式粘度計によるせん断粘度と、同じ
値を示します。

ちなみに、この緩和領域では、角周波数とせん断速度は、等価であるという、
コックス-メルツの経験則があります。
非ニュートン流体を測定したとき、粘度低下する程度に高せん断速度領域の、せん断
粘度値に、複素粘度は合致しない、というように言いかえられます。

この結果では、複素粘度が角周波数に対して一定で、ニュートン流体であることを
示しており、粘度値も、それぞれ、基準値と同じ値を示しています。

複素粘度は、複素弾性率を、周波数[Hz] × 2π で割り算して得られます。 周波数の
計測が正しいとして、複素粘度が妥当な値であれば、複素弾性率も妥当であると言え
ます。

概ねニュートン流体といってよい、今回使用した、シリコーンオイルの、ひずみ依存
測定では、位相差が、90° 付近の値が出ていることも確認できました。

今回、せん断ひずみ用の治具は、急造したものを使用したり、
低ひずみ領域のセンシング能力、をはじめとして、
システムとして、まだまだブラッシュアップの課題はありますが、とりあえず、今回は、
まずまず、妥当な測定結果が得られたものと考えています。

また、複素弾性率と、位相差から計算される、貯蔵弾性率も、損失弾性率も、まずまず
妥当な結果になるものと、判断できます。

ちなみに、商品情報によれば、今回使用したシリコーンオイルは、高粘度タイプのもの
ほど、シアシニング特性(高せん断速度で、粘度低下する)が出る傾向にあるよう
なので、厳密には非ニュートン流体といえます。
そのため、十分なシアシニングが起きない、低せん断速度、または低ひずみ領域では、
貯蔵弾性率成分が、まったくないとは言えない、という点に注意が必要と思います。


今回の、せん断ひずみによる粘弾性測定の結果も踏まえまして、
【実測シリーズ】コロナ自粛期間中 速報的 液膜粘弾性の測定
での、液膜の動的粘弾性の測定の実施例について、再評価もいただければ幸いです。

今回、見えてきた課題もブラッシュアップしつつ、多機能で手軽に使用できる、
動的粘弾性測定システムとして、商品紹介できるまで、開発を継続したいと思います。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


2020年7月27日月曜日

粘弾性について6)_動的粘弾性の測定原理


長らく先送りしてきた、動的粘弾性の測定原理について解説したいと思います。

前回、【実測シリーズ】コロナ自粛期間中 速報的 液膜粘弾性の測定 として、
動的粘弾性の実測例を紹介いたしました。

動的粘弾性の測定について、あまりよくご存じのない方には、内容があまりよく
伝わらなかったのではないかと思います。

本来、動的粘弾性の測定原理については、もう少し早い段階で、この内容を投稿
したいと考えておりましたが、遅まきながら、ようやく投稿にこぎつけました。


では、本題に移りたいと思います。


液体の流動抵抗は、粘性に起因し、粘度を測定することで、その抵抗の度合いを
調べることができます。
固体のかたさは、弾性に起因し、弾性率を測定することで、そのかたさを調べる
ことができます。

粘度にしても、弾性率にしても、ある物体のかたさ(的なもの)をあらわしている
ことに違いはありません。

ところが、完全な流体(粘性体)、完全な固体(弾性体)というのは、厳密には存在
せず、物体は、大なり小なり、粘性と弾性の要素をあわせもっている、粘弾性体です。

そのため、粘弾性の測定が重要になります。
粘弾性とは、さも一つの物性のように思えますが、単独で存在する物性ではないので、
ある一つの測定から、複合的に解析され、評価をします。

粘弾性は、横軸、縦軸に成分分けし、平面的に評価するという特徴をもとに、
粘弾性について1)_学校の定期試験を例にとった説明
粘弾性について2)_固体はかたい、液体はやわらかい?
にて、概念的な説明を行いました。



では、ここから具体的な説明に入りたいと思います。

まず、図1.をご覧ください。

図1.

滑車を用いて、ピストンを往復運動させている時のアニメーションです。
滑車が等速で円運動をしているとき、ピストンの位置を記録していくと、正弦波形
が得られます。
また、滑車の回転角度と、正弦波の横軸を対比させると、正弦波一周期は、360°
であることがわかります。

次にフックのバネ試験を、分銅の重さを連続的に変化させたとして、正弦振動で
行ってみたときのイメージが、以下、図2.になります。

図2.

刻々と変化する、ばねの位置(伸び)と、分銅の重さを連続的に記録すると、二つの
正弦波形が得られました。

二つの波形のピークの値、「重さ」を「伸び」で割り算すれば、弾性率が得られ、
振動をさせていようが何だろうが、本質的にはフックのバネ試験となんら変わらない
ことがわかります。

フックの法則に従い、重さと、伸びは比例関係ですので、ピークの値に限らず、同じ
タイミングどこでも二つの値の比をとれば弾性率が得られます。

実際に、縦軸に重さ、横軸に伸び、の関係であらわたしたのが、以下、図3.です。

図3.

このグラフの傾きが弾性率をあらわすことから、やはり、フックのバネ試験と、
何ら変わらないことがわかります。


次に、理想粘性体の場合の、荷重(力)と位置の関係性を、図4.に示します。

図4.

理想弾性体の時と異なり、力の波形が、位置波形に、90° 先行していることがわかり
ます。

力が、正または負で、最大値をとっているとき、位置波形は、原点位置にあります。
逆に、位置が、正または負で、最大の位置にあるとき、力は原点ライン上にあり、
つまり、力がゼロ、発生していないことになります。

ここで、ニュートンの粘性法則を思い出してください。

    [ 力 = 粘度 × 速度 ]

でした。
力は、速度に比例します。

ピストンは、原点ラインを通過するとき、最大の速度にあり、通過後、正、または
負のピーク位置にむかって減速し、折り返しとなるピーク地点では、瞬間的に速度
はゼロになります。

つまり、力波形は、ピストン位置の、速度状態に対応をしており、ニュートンの粘性
法則にしたがっていることになります。

位置を、時間について微分すると、速度になりますが、正弦波を微分すると、90°
シフトするというのは、なんとなく記憶にあるのではないかと思います。
数学的にも、上述のように現象論的にも、以上のように説明できます。


図3.では、同じタイミングで得られた、両波形の値の比をとれば、弾性率になる
ことを説明しました。
これは、フックのバネ試験と何ら変わらないと申しましたが、とりわけ、正弦振動
で測定を行った場合は、「複素弾性率」と呼びます。

次に、二つの正弦波形の位相の差に着目します。
位相差が0° の時、完全弾性体。
位相差が90° の時、完全粘性体。
0~90° の間にある時、粘弾性体であるということになります。

動的粘弾性の測定では、複素弾性率による、かたさ情報だけでなく、位相差の値から、
どの程度、弾性寄りなのか、粘性寄りなのか、性質の情報も与えてくれます。


ここまでは、三角関数の観点で説明をしてきたことになるのですが、オイラーの式
を用いることで、複素解析に結びつけることができます。
(ブログの目的、紙面の制限、筆者の説明能力、などの制約のため、オイラーの式に
ついてはふれません)

以下、図5.は、粘弾性について2)_固体はかたい、液体はやわらかい? の説明の
中で用いた評価例ですが、オイラーの式により、複素平面上に表すことができる
ようになります。

図5.

ここで、二つの正弦波の比である、複素弾性率は、かたさ情報を、ベクトルの長さ
としてあらわされます。
位相差は、原点位置における角度として、ベクトルの向きを決めています。
これにより、複素弾性率は、縦成分と横成分に成分分けすることができます。

縦軸は、損失弾性率といい、粘性成分(位相差90° の成分)を示し、虚数単位を
とります。
横軸は、貯蔵弾性率といい、弾性成分(位相差0° の成分)をしめし、実数です。


いかがでしたでしょうか。
複素数、虚数が出てくると、無条件で、「ややこしい」と思われてしまう面もある
ように思います。
実際には、かたさ(弾性率)を、単に、横・縦成分に、2成分分けしているのだな、
と理解すれば十分の測定・評価方法であると思います。


前回の、【実測シリーズ】コロナ自粛期間中 速報的 液膜粘弾性の測定 で紹介した
システムを用い、せん断ひずみによる動的粘弾性の測定への応用検証も、はじめて
おります。

次回、【実測シリーズ】として、ご紹介できればと考えています。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。