2019年9月15日日曜日

粘弾性について8)_伸長粘度はなぜ3倍? ~その2~_伸長ひずみを掘り下げる


前回は、ひずみの形態として、せん断ひずみと、伸長ひずみの定義について解説を
しました。

今回は、伸長ひずみについて、さらに掘り下げてみたいと思います。


まず、伸長ひずみの仲間を紹介したいと思います。
前回のブログでは、一軸延伸による伸長ひずみを説明しました。


この図から、なにかお気づきになりませんでしょうか。

伸長ひずみでは、引っ張ったり、縮めたりという「主軸」の変化に連動し、他の
軸も、伸びる、または、縮むといった変化が起きています。

ひずみが大きくなっても、物体の体積は一定ですから、どこかが伸びたら、どこかが
縮む、当然といえば当然ですね。
このことは、伸長ひずみを理解するうえで、大変重要なポイントになります。

例えば、下図のような物体に、一軸延伸による伸長ひずみを与えます。


体積が一定のとき、引っ張り長さ(L)の変化に対する、幅(D)は以下のように変化
します。
体積は、L × D^2 で、どこまで伸ばしても一定のはずです。
幅は、二乗で効いたDを、平方根で割り戻すことになるので、Lが大きくなるほど
変化が小さくなります。


伸長ひずみの計算のおさらいと、「ポアソン比」について説明します。


ここで、前回のブログのとおり、伸長ひずみ量は、(l - l0) / l0 でしたね。
伸長ひずみ量のシンボルを、ε とします。

幅方向のひずみ量も、同じように、(D - D0) / D0 で求めることにします。
幅方向の圧縮ひずみ量のシンボルを、ε' とします。

上記、引っ張り長さと、幅の関係を示したグラフを、ε'と、ε に置き換えたのが、
下図です。
なお、ε' は、収縮によって生じるひずみのため、マイナスの値をとりますが、
符号は気にする必要はなく、絶対値であつかえば良いです。


ひずみ量が小さい領域では、グラフは、ほぼ正比例であり、ε' は、ε の、ほぼ0.5倍
であることがわかります。

ε' / ε でとった比を、「ポアソン比」といいます。

・変形時に体積変化が伴わず、
・小ひずみ量 領域においては、
ポアソン比 = 0.5 であるとして、

       ε' = 0.5ε
       ε  = 2ε'

で、お互いに換算できるということになります。
幅方向のひずみ量から、延伸方向の伸長ひずみ量に換算できる、ということは、
伸長ひずみによる粘度や弾性率を測定するときに、実は、不可欠です。



今回、伸長ひずみのメカニズムの、第一歩に踏み込みました。

とりあえずは、物体に、変形、ひずみを与えたとき、断面積が変化する変形は、
伸長ひずみであると理解をしておいて、差し支えないと思います。

せん断ひずみは、変形の大きさに伴い、断面積(厚みや幅)の変化は、発生して
いないことが、前回の、せん断ひずみの図からも、わかると思います。

この差は、粘度測定により、物質の評価を行う際、大きな差を生みます。

このことは、まずは、「伸長粘度は、せん断粘度の3倍」であるところまで、たどり
着いてから、取り上げたいと思います。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


2019年9月14日土曜日

粘弾性について7)_伸長粘度はなぜ3倍? ~その1~_せん断ひずみと伸長ひずみ


これまでの、「粘弾性について」シリーズでは、肩ならし? ウォーミングアップ ?
のため、少し定性的な方向で話をしてまいりました。

この先、少しずつ、科学的な定義にも触れながら、話をしてまいりたいと思います。

そのようにしないと、話が進んでいくにつれ、逆に説明が難しくなることもあるため
です。


今回は、「ひずみ」について取り上げたいと思います。

シリーズ化したサブタイトル、「伸長粘度はなぜ3倍?」を終着点にするための
第一歩として、取り上げようと思いました。


粘弾性について3)_粘度と弾性率の定義のなかで述べられている、

       粘性係数 = 力 / 速度
       弾性係数 = 力 / 変形の大きさ

について、
  ・「速度」とは、ひずみの大きさが変化する速度
  ・「変形の大きさ」とは、ひずみの大きさ
を意味します。

では、「ひずみ」とはなにか、定義について説明します。


ひずみにはいくつかの種類がありますが、このシリーズでは、「せん断(ずり)」
ひずみと、「伸長」ひずみの2つについて説明します。

いずれにしても、ひずみとは、物体の変形の大きさを比で表したものです。


まず、せん断ひずみについて説明します。




せん断ひずみとは、上図のような立方体要素を、トランプをずらすかのように、
上面と底面をたがいちがいにスライドさせる変形です。

力Fをあたえ、Δxのずれを与えたとき、
Δxと、物体の厚みΔyの比、Δx/Δy (=tanΘ) がひずみの大きさ、ひずみ量です。

Δxも、Δyも長さ単位を持ちますので、ひずみ量は無次元単位になります。
なお、100を乗じて%であらわす場合もありますので、単位を確認するようにして
ください。

なお、ずらすのにかけた力Fを、面積Aで割り算したものがせん断応力です。

応力の単位は、
       Pa(パスカル) = F[N(ニュートン)] / 面積[m^2]

前述の通り、
       弾性係数 = 力 / 変形の大きさ

ですので、
       弾性率[Pa] = せん断応力[Pa] / ひずみ量[-]

になります。

なお、せん断ひずみにより測定する弾性率、「ずり弾性率」のシンボルは、「G」が
用いられることが多いです。

次に、このひずみ量を時間(秒)で割り算すると速度になり、これを、せん断速度
と呼び、秒あたりに発生したひずみの大きさになります。

       せん断速度[1/s] = ひずみ量[-] / 時間[sec.]

せん断速度の単位は、1/s であり、粘度測定をされている方は、インバースセック
(秒の逆数)という言葉を使ったり、聞いたりするのではないでしょうか。

前述の通り、
       粘性係数 = 力 / 速度

ですので、
粘度[Pa・s] = せん断応力[Pa] / せん断速度[1/s]

になります。


次に伸長ひずみについて説明します。



伸長ひずみとは、上図のような立方体要素を、直方体に延伸させる変形です。

力Fをあたえ、Δlの延伸を起こしたとき、Δlと、物体の元のながさl0の比、Δl/l0 が
ひずみの大きさ、ひずみ量です。

Δlも、l0も長さ単位を持ちますので、ひずみ量は無次元単位になります。
せん断ひずみ同様、100を乗じて%であらわす場合もあります。

なお、延伸するためにあたえた力Fを、面積Aで割り算したものが引張応力です。
以下は、せん断ひずみの時と同じですが、復習もかねて解説します。

応力の単位は、
       Pa(パスカル) = F[N(ニュートン)] / 面積[m^2]

前述の通り、
       弾性係数 = 力 / 変形の大きさ

ですので、
       弾性率[Pa] = 引張応力[Pa] / ひずみ量[-]

になります。

なお、伸長ひずみにより測定する弾性率は、ヤング率という呼ばれ方で、聞き覚えの
ある方も多いかもしれません。

「伸長弾性率(ヤング率)」のシンボルは「E」が用いられることが多いです。

せん断ひずみ同様、このひずみ量を時間(秒)で割り算すると速度になり、これを、
伸長ひずみ速度と呼び、秒あたりに発生したひずみの大きさになります。

       伸長ひずみ速度[1/s] = ひずみ量[-] / 時間[sec.]

よって、伸長粘度は、
       粘度[Pa・s] = 引張応力[Pa] / 伸長ひずみ速度[1/s]

になります。



流体用の回転粘度計は、せん断ひずみによる測定が主流です。
引張試験機では、呼び名のとおり、伸長ひずみによる測定です。

しかし、変形は、これらの変形形態が複合的に発生します。

サブタイトルにもなっている、伸長粘度はせん断粘度の3倍、を理解するためには
せん断ひずみと、伸長ひずみが、それぞれ、相互的に関係していることを理解する
必要があります。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

伸長粘度はなぜ3倍? にたどり着くまで、一歩一歩進んでいきたいと思います。


2019年9月3日火曜日

【実測シリーズ】緩和時間の測定


過去の投稿で、「緩和」について説明をいたしました。

粘弾性について4)_万物は流転する
粘弾性について5)_緩和について


今回は、緩和曲線を得るための簡単な試験機を作成し、緩和時間を測定してみた結果
をシェアさせていただきたいと思います。


試験機の概要を示します。




測定の手順は、以下の通りです。
なお、サンプルにはシリパテを用いました。

1.サンプルを一気に押し込む
2.荷重値がゼロになるまで計測
3.荷重値が37%に減衰する区間の時間(緩和時間)を確認
4.応力緩和の式(粘弾性について5)_緩和について)に代入しフィッティング
  曲線を得る


以下に、結果を示します。




ドットでプロットされているのが、生の測定データです。
実線がフィッティング曲線です。

測定の後半、低荷重域で生データとフィッティング曲線のずれが大きくなっています
が(低荷重測定の感度の問題、測定開始直後との接触面積の違いなど、いくつか要因
が思いつきます)、概ねよくフィッティングしていると思います。

また、測定開始直後は、値がすべて4000程度を示していますが、センサの測定範囲
を超えているため、飽和してしまっています。

これらのように、実際の測定においても、例えば、センサの感度、時間分解能といった
装置要因による制約で、測定したいところが測定できない、ということは起き得ます。

また、きわめて長時間かけて緩和する物体も多々あるため、測定が長時間におよんで
しまうこともあります。

しかし、このように、ある区間の計測をすることで、短時間、長時間の緩和挙動を
予測することができます。



また、ステージ温度を3水準振って実験を行いましたが、結果からは、温度が高い
ほど、応力曲線の減衰がはやいことがわかると思います。

以下に、緩和時間と測定温度の関係を示します。




例えば樹脂の成形加工などのように、温度と緩和時間の関係を知ることは大変重要
ですが、緩和に長時間かかる場合、このように温度をあげて測定することで、測定
時間の短縮も可能です。

このように、温度と時間には一定の関係性があり、これを「温度-時間換算則」と
いい、レオロジーでは重要な概念の一つです。



いかがでしょうか。

緩和時間には、自然対数(ネイピア数)が出てきたり、応力緩和のモデル式には、
指数関数が含まれていることから、苦手意識をもつ方もいるかもしれません。

しかし、モデルそのものは決して難しいものではない、と思っていただくきっかけに
なれば幸いです。


ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


粘弾性について5)_緩和について


先月、レオロジー講座の講師を務めさせていただく機会がありました。
長時間の講座であったため、その資料作成に追われていたり、新商品の準備に
追われているうちに、前回の投稿から、しばらく時間があいてしまいました。


前回の投稿、粘弾性について4)_万物は流転する では、レオロジーにおいては、
すべての物体は、流体であり、流動速度がはやいか、おそいか、の違いだけである。

極論的にはこのように説明をしましたが、流体か固体かを判断するときの指標となる
数に、デボラ数というものがあります。

       デボラ数 = 緩和時間 / 観察時間

今回は、「緩和」とはなにか、について説明をします。


緩和現象の観察には2つの方法があります。



一つは、上図の左の例のように、例えば物体に、一定の荷重または力を与えて、
その変形量の変化を観察する方法です。

もう一つは、上図の右の例のように、一定の変形を与えたときの力の抜け具合を
観察する方法です。

左の例を、「クリープ試験」といい、
右の例を、「応力緩和試験」といいます。


クリープ試験では、試験開始時においては、変形が生じない程度の荷重、または
力であること。

応力緩和試験では、試験開始時においては、力を開放した時、変形した物体がバネ
のように、もとの形状に回復する程度の変形であること。

これらが試験条件になります。

いずれの方法においても、時間の経過とともに、例えば樹脂であれば、絡み合った
高分子が緩やかにほどけ、金属であれば、金属イオンにずれが生じるため、与えた
荷重や変形に応じた形状に、徐々に「ならされていく」ことになります。

この挙動が緩和であり、高分子がほどけたり、金属イオンがずれることは流動と
言いかえられます。



ここからは、緩和時間について説明したいと思います。
緩和時間とは、制御系では時定数と呼ばれ、クリープ試験における遅延時間と同義
です。

起点とするある時点での状態が、約37%にまで状態が減衰するのにかかった時間
です。

この37%というのは、

       ネイピア数(e) ≈ 2.7 の逆数、約0.37

から来ています。


応力緩和試験における、応力の減衰曲線を下図に示します。


例えば指で、ある物体に一定の変形を与えたとき、与えている力は上図のような
曲線に従って抜けていきます。

このグラフの中で、応力が37%に減衰した区間、どこを切り取っても、同じ時間の
長さ(緩和時間)を示します。
放射能の半減期と同じような見方ですね。


次にクリープ試験における、ひずみ(変形)曲線を示します。


変形と力は表裏一体です。
力ではなく、変形量を観察するクリープ試験では、

       1-0.37 = 0.63

であり、ある基準とする変形状態の、約63%の変形量に達するまでにかかった時間
をしらべます。
この時間を遅延時間と呼びますが、緩和時間と同義です。

応力緩和試験同様、63%に達する時間領域、どこを切り取っても、同じ時間の長さ
を示します。



これで、前述のデボラ数の式、緩和時間がわかりました。

一方で、観察時間は、観察者、つまり、作業者や設計者が定めなくてはなりません。

また、デボラ数、いくつ以上を固体として扱うか、いくつ以下を流体として扱うか
についても、観察者が定めなくてはいけません。

観察時間は、例えば工業的には、商品の耐久年数、製造においては、ある加工や流動
を材料に与えるときの速度や、次の工程に進めるまでの時間などでしょうか。



動的粘弾性の測定は、粘弾性変化の、時間との関係性を調べることが目的であり、
この時間というのが、緩和時間のことにほかなりません。

緩和のイメージをつかんでいただければ、幸いです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。